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08 自宅で過ごすこと

僕は在宅加療を始めて今年で17年目になる。これまで在宅死をたくさん経験してきた。
死をきちんと受け止めて、住み慣れた家で家族に見守られながら最期を迎えることは、病院勤務では経験できない臨床であり、僕には非常に新鮮な世界であった。だが、今は、これが自然であると心から思っている。
在宅患者の意思を尊重して介護する家族とそれに寄り添う医師や看護師、訪問介護など、全員の気持ちが一つになって患者さんを見送ることがとても温かく自然として感じるようになってきた。

在宅加療イメージイラスト最後まで話して、食べて、痛まず、苦しまず自宅で最期を迎えることができる。
この終末期の過程で在宅患者さんとの会話はとりわけ大好きだ。
かかりつけ医だから話してもらえる、患者さんの人生の歩みを僕はゆっくり聞きながらその人生を一緒に振り返ることができることは、医師の仕事として大切なことであり、僕の臨床の柱となってきているし、自分も年を重ねてそのことを年々より大きく重く感じるようになってきた。

 

先日、末期癌の為に自宅で終末を迎えたいという在宅患者さんの依頼があった。
いつものように病院からの紹介状を読みながら病気についてはもちろん、その患者さんはどのような人生を送ってきたのだろうか、どんな職業に就いていたのだろうかと想像をしながら会うことを楽しみに往診の初日を迎えようとしていた。

その患者さんは肝臓癌で腹水が多量に貯留して何度かの手術で入退院を繰り返し、最後に病院はいやだと言われて年末に急な退院となった。
往診の準備に取り掛かろうとすると、奥さんから連絡が入り、退院の翌日に患者さんがすぐに私に会いたいので今からすぐにこちらに来るというのである。状態が思わしくないので私が伺いますというと、他の患者さんの往診もあるだろうから一般診察時間なら会えるだろうと思われたようで、その強い気持ちになくなく私も了解してクリニックでお待ちすることになった。
初めてお会いした時、“先生、私の主治医になってくれてありがとう” “私は癌になってこれまで素晴らしい病院の先生やスタッフに支えられてここまで長生きができました” “残りわずかの人生を自宅で家族と先生らと過ごしたので早くこの気持ちを伝えたくて本日来ました”と言われた。顔は紅潮し満身創痍でそう言い切られた。
まるで言葉を暗記しているかのように強く話された。横で奥さんが黙ってうなずいていた。

 

患者さんが自分の余命を把握しこの言葉を早く伝えたかったことを感じながら僕はみるみる緊張で体に力が入ってきた。
そしてできるだけ素直な気持ちと飾らない言葉で“在宅では医療がすべてではありません。生活が最優先です。私からのお願いは、生活の中で感じたそのままの気持ちを自然に伝えてもらうだけでよいです”そして“できるだけわがままを言ってください”と答えた。
最後を看取るときは家族の関係がしっかりみえる。本人が自宅で最期を望む。家族がそれを支える。在宅での治療は、家族の会話が基本となることが多い。
会話の中から治療が生まれ、命に沿うように治療がなされる。だから僕は、自宅での在宅加療ではあまり建前の言葉は使わない。言葉を大切にして素直な気持ちで話すようにしている。また伝えないとわからないと思っている。

 

在宅加療の自宅で過ごすこと イメージイラストその後、往診が続いたが徐々に腹水も増加して体は衰弱してきた。
大晦日に急に携帯が鳴りご主人が、この日は体調が良かったので奥さんが車いすでトイレ介助をしたが、ずり落ちでしまってトイレ前で引き起こすことができない状態が続いていると連絡を受け急いで駆けつけた。
悪戦苦闘しなんとか患者さんを持ち上げベッドに運んだのは良かったが、その時にギックリ腰となり僕が動けない状態となり患者さんの横で休ませてもらい、1時間ほど2人でゆっくり話をすることになった。

患者さんがこれまでどんな人と出会い、どんな考えで仕事をして、子供と奥さんを支えてきたか、また引退後は旅行好きで行った国のこと、そして病気といかに向き合ってきたかなどの話をした。
時には2人で大いに笑い、また時には患者さんの流す涙を精一杯の言葉で受け止めながら至極の時間が過ぎて行きました。
約1週間後に、家族に見守られながら天寿を迎えた。
ご家族に会いに自宅に向かった。奥さん伝えたいことがあった。
往診依頼の最初に病院の連携室から“患者さんもご家族も本当に良い人柄の方です”と言われたことを思い出した。
病院の多くの人が、患者さんの人柄に敬意を示していることや、僕はそのことを連携室から聞いて早く患者さんに会いたいし、話したいと感じたことを伝えると、奥さんと隣の息子さんから大粒の涙が一杯ながれていた。ただその涙は、二人とも誇らしげだった。

著者:いしづかクリニック 
院長 石塚 俊二

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