13 こころの距離
医師になってからいつも患者さんとのこころの距離間を意識する。お互いの会話が弾み相手の気持ちが自然に自分のこころにスッと入ってくる感覚になるときがある。この感覚は私にとっては至極の瞬間である。
これは、常に自分と患者さんのこころの距離を意識しながら、患者さんの言葉がどのような背景で話しているか神経を過敏にして考えることから始まる。
先日、外来で鹿児島生まれの90歳を超える患者さんが、普段は脚が弱く家族さんが症状の説明と薬を取りにくるのだが、調子が良いので数ヶ月ぶりに受診してくれた。
まず、第一声が“先生、痩せたのう”“ご飯はしっかい食もっか”と言われた。まさにそのとうりですと言いたくなった。
私は数年前から健康の為に車通勤から自転車で通うようになりそれを続けた結果、5Kgほど減量していたのである。
数ヶ月ぶりなのにこの観察力と自分を見ていてくれている気持ちが持ち上がり、少しの高揚感を感じながら、今度は私がなげかけた。“歌がお好きで、デイサービスでいつも歌っていましたよね”“今も校歌を歌っているのですか”と言うと、患者さんは目をキラキラさせながら“”全部(すっぺ)覚えていますよ“と言うと、しっかりと口調とメロディーでニコニコしながらなんと校歌を3番まで数分間歌ってくれたのである。
患者さんが自分を思い、私も患者さんの生活や人生を思う。この会話での楽しさや充実感は2人だけが感じられる共通の幸福感である気がするが、この雰囲気が周りの付き添いの娘さん、看護師さん皆にもゆったりと心地よい時間が波及してながれる。
まさにこころの潤い、こころの栄養が注ぎこまれる時間でありこれ以上の診察はないと感じる。
このためには、患者さんの言葉を誠実に謙虚に聞き、その言葉の裏にある気持ちを想像するようにしている。そこから始まる会話でしかこの感覚を味わうことはできない。
”頭が痛い“と毎日訴えるも検査では脳に異常がないおばあちゃんは、長年、お孫さんと同居している。お孫さんと楽しく話しをした日は頭痛の訴えは少なく、この患者さんの症状は、生活と密接に関連しているのでいつもお孫さんとの日常生活を談話する。私が頭痛の訴えの理由や意味を知る言葉を投げかけられるか重要なのだ。
すべての言葉にその人の想いがあり、その魂に触れる言葉は相手と自分の関係を近づけ、密となり深い関係となる。
今はコロナ渦で”密“は避けるべき時期ではあるがこの場合は密が必要だ。
また、定年後に奥さんに先立たれたが、毎日、大阪まで仕事に出かけて帰宅後に掃除、食事、洗濯などすべての家事をこなしへとへとになっているお年寄りがいる。話をしているうち腰痛でいろいろな内服や治療をするよりも誘因が家事と関連することがわかり、内服よりむしろ仕事と家事をどう両立させるかを患者さんの生活について2人で話す。
例えば、忙しい時は”ご飯はいつ炊くのか“”お風呂はどれくらいの間隔で洗うほうが腰に影響ないのか“と治療薬はどこかに飛んでいる。この時の自分は患者と医師というより親友や家族と話しているような錯覚に陥り、時々言葉もゆるく敬語も忘れてしまうこともあるが許してもらう。このような会話の距離感は在宅診療ではより強く感じる。
往診患者で肝硬変の終末期の患者さんがいました。肝臓機能が低下すると解毒できない血液中のアンモニア値が上昇し意識が昏迷し判断できないようになる。血中アンモアを下げる点滴を継続して行っているのだが、その点滴をすることによって本人の意識が清明となり、頭のもやもや感が一気によくなるという。
1回の点滴では検査値上はそれほどアンモニア値は低下せず、到底それほどの改善は認めないはずだが、本人にとってはその1回の点滴は命の点滴であり、その点滴後は自分のこれまでの仕事や人生をしっかり話してくれる。
また奥さんも夫の話しぶりに嬉しい笑顔を見せる。私は患者さんとの密な距離での会話によってこの点滴の重みをしっかりとかみしめることができる。
普段、私はたとえ終末期で余命が数日に限られたとしても僕は”大丈夫、大丈夫“と伝えることがある。いい加減な気持ちで伝えているのではない。まず、患者さんの気持ちを落ち着かせ、その人にできるだけポジティブな環境を作りたいからである。これが大切なのだ。
人生には自分がコントロールできないことがたくさんある。治療も同じで非力な医師の力ではなかなかうまくいかないこともある。その中で一番の解決策は、患者さんと話しをして会話から自然と沸き立つものを2人で実行することだと思う。
2人の意思を共有させ治療という共同作業を行う。まさに夫婦生活に似ている。その為にはできるだけ患者さんが生きてきた生活、環境、人生観のすべてを知ることが必要である。その結果、少しでもその患者さんの人生に自分がかかわれたことがこれまでの医師である自分を支えているように思う。
この為、私は診察でできるかぎり患者さんとかわる人とつながりたい気持ちが強い。
すべての人から学ぶとことがあるからだ。どこをみても常にいろんな患者さんと会話して笑って話していること。
どんなに重い病気で余命が短くても最後まで会話を楽しみ幸せを感じ、こころの距離が近づくような診療を大切に行いたいと思っている。
著者:いしづかクリニック
院長 石塚 俊二