17 ホットするエピソード
今年もそろそろ終わろうとしています。今年も当院では色々なことがありました。
外来診察も高齢者を中心に一般診察を行うと同時に専門であるリウマチ・膠原病外来やリハビリ・物療治療そして怪我などの外科処置に加え新型コロナワクチン予防接種、さらに院外での感染症・発熱外来、そして在宅医療など多岐にわたる体系で診察にあたる状況が続きました。こんな多忙な時でも患者さんとの会話には心が癒されることが多い。
何気ない会話が大切でちょっとした話から診察の新しい情報を知るきっかけとなる場合も多い。例えば最近よく行く散歩コースから一日の行動や運動量を知ることもできる場合もよくある。
特に今年の診察での会話で僕が印象に残った会話のエピソードを紹介しようと思う。
【エピソード1】85歳の女性が最近、朝起きると午前中はいつも胸やけがあると言う。
午後になると治るという。内服薬の変更の既往もなく血液検査の結果も問題ない。原因がはっきりせず、胃カメラなど上部消化管検査を考えていたのだが、数回の受診時に突然、“先生、なんで朝に胃もたれするかわかったよ”と言われた。“夜中に寝ぼけてパンを食べていたわ”とのこと。毎日、寝ぼけてトイレに行くときに決まった場所に置いてあるパンを食べていたとのこと。“えー”そんなことがあるんだと思ったが、この為、治療はパンの置き場所を隠すことに決めたら胃もたれは良くなった。
【エピソード2】94歳の女性、毎月車椅子で診察室に入る。
聴診をするときに“おばあちゃん胸の音を聴くよ”というと少し怪訝な顔で“私はおばあちゃんでない”と言われた。付き添いの娘さんいわく、孫がいないのでおばあちゃんと言われたくないとのこと。次の診察時に“○○のおね-さん”と思い切って読んでみた。少しはにかみながらニコッとした顔が可愛かった。
【エピソード3】ゴルフが大好きな80台の男性。
最近、難聴がひどくなってきた。耳鼻科で補聴器を何度も調整したがしっくりいかず会話に困っておられた。
“先生、難聴で話ができずに大変やで、ゴルフもおもろない”と苦しそうに言われる。
以前、他の患者さんが同じように難聴で困っていた時に集音器という耳にあてて単に音を拡大する装置だが、クリニックの前のスーパーで買って重宝したことがあった。同じものを診察中にネットで検索して“これ使ってみたらどうですか、よければ娘さんにこの品番を渡してください。と言ってみた。
次の診察時に首に集音器をかけて”先生、これいいわ。よー聞こえるわ。ありがとう“と言われ、僕も治療ではないが素直に嬉しかった。
【エピソード4】80代のパーキンソン病の女性。
パーキンソン病の特徴で筋力にオン、オフがありオフの時は体が固まり食事摂取も十分でないときもある。このために、診察時に“食事は十分とれていますか”といつも聞いているのだが、“にんじんしりしりをたべているから大丈夫”と言われた。
“にんじんしりしり?”と僕はこの食べ物を知らなかった。“何ですかその食べ物は?”と聞くと、“しりしり”とはせん切りという意味の沖縄の郷土料理で、卵や塩をあわせておくと味がしっかりなじむと教えてくれた。
数ヶ月前まではアイスなど甘いものが好きでよく食べられていたのだが、糖尿病で少し食事療法が必要であったのでご自身で目新しさも加え食事に工夫をされていることが感じられた。
“にんじんしりしり”と少し自信ありげに言われたことが、もしかしたら僕が食事量を毎回尋ねるのを予想されていたんじゃないかと思った。こちらの質問を察するとは、するどい。僕も変化をつけなければと反省した。また患者さんが、“しりしり”と自信たっぷりで言われるイント―ネーションが印象深かった。
【エピソード5】腰の変形も少なく、杖も使わずいつもきりっとした様子で外来に来られる94歳の一人暮らしの女性。
これだけしっかりされている方の生活状況を聞いてみた。
毎日、決まった時間に起床し、1日3回自炊、洗濯、買い物をされ、ヘルパーさんなど生活介護を受けずにすべて自立されている。チョコレートが好きでこれを楽しみにおやつに食べているとのことだが、その紙で毎日千羽鶴を折っているのだそうだ。しかもその数を数えながら千羽を目標にして。やはり生活態度もその人格にあらわれるのだとつくづく思い、僕も年老いてもこうありたいと考える。
医療は患者さんと医師の間にはいつも病気・疾患がありそれを取り除いた関係はあり得ない。しかし、病気・疾患だけを見て治療してもその患者さんを救い、寄り添うことはできないと思う。それができるのは、あるいはそこを突破することができるのは患者さんと医師の会話から生まれる。会話で重要なことは、本人と家族に希望や願いを医師が肌で感じて共有するようすることが大切で、そのために小さなことでも率直に話し合える関係をつくることが重要であると思う。
SNSの進歩で顔を見ないで意思疎通や伝達が即時にできる時代で診療方法も大きく変わろうとしている。ただ、僕は目の前の人が困っていることや喜ぶ気持ちを自分自身で感じたいし、それを大切に穏やかな会話も続けていきたいと思う。
著者:いしづかクリニック
院長 石塚 俊二