
61 あなたの(影)シャドウは
“影(シャドウ)”という言葉は何を想像しますか。
一番に太陽の光と影を思い出すかもしれませんが、人の心にも“影(シャドウ)”があるということを意識したことはありますか。自分の性格の中で隠しておきたい、見せたくない考え方を自身の影のような存在で秘密にもっていることもありますよね。
人の心において、心理学者ユングは“影(シャドウ)”と名付けた概念を提唱し、その定義付けられている”影(シャドウ)“を一言で言うと”その人が生きられなかった反面“となります。
影という言葉自体はよく使われていますが心理学的な面で紐解くと、”人はそれぞれ自分なりの生き方、人生観を持っているが自分が認めたくない人格や無意識に抑圧された欲求など、生きることがなかったが無意識に存在しているものを”影(シャドウ)“と定義付けています。
言い換えると、その人の人生において生きてこられなかった側面を表すものが”シャドウ(影)“なのです。
また、それは現実にいる他者(同性)に投影されて、自分の目の前に立ち現れるときに特にはっきりとします。
たとえば、Aさんが“Bさんって人に頼ってばっかりでずるい。甘えすぎて自分でなにもしてないところが嫌いだわ”と思う場合があるとします。それは、そう感じるAさんが普段人に甘えたい・依存したいという気持ちを抑え込んで生きているのに、現実にBさんがそのようにふるまって生きているので、自分の抑え込んでいる部分がチクチクと刺激されてどうにも気になってしまうのだというように考えるのです。ここではBさんがAさんにとっての“影(シャドウ)”ということになります。
もう少し具体的な例では
このようにあなたが最も好きになれない人の考え方や感情が“影(シャドウ)”になるのです。
また、親子関係でも“影(シャドウ)”は現われます。
親子関係において“影(シャドウ)”という言葉を使ってしまうとネガティブなイメージになってしますが、子供は親の影を背負わされるというのもあります。
“人によっては生きられなかった反面”と考え、子供に、自分が出来なかったことをさせるといった事はよくあるのではないでしょうか。意図的でなくても正反対の道に進んでいるなど、自分の進路に親の影響が反映されることがあります。また私たちが見る夢の中にも“影(シャドウ)”は良く出てきます。
例えば、暗い性格のAさんの夢に、性格的にやたらと明るい友だちBさんが出てきて、言い合いをしていました。そしてイライラしながら目を覚ましました。とても不快な夢でした。Aさんにとって、そのBさんが“影(シャドー)”と考えられます。
つまりあなたの“影”の部分、あなたが隠し、抑圧しているところを体現しているのです。
一生懸命努力しているにもかかわらず、少しも前に進めないという経験はありませんか。
自分自身に関するさまざまな観念や、自分のきらいなところを内面の奥深くにうめこんで、それをほかの人に投影していると、それは目に見えない壁となって立ちはだかり、あなたの行く手をはばんでしまいます。
“影(シャドウ)”の人物と対決したり、自分が耐えられないような性質をパートナーに投影しているときは、気づいてください。その性質が見えない碇となってあなたをしばり、前に進ませないようにしているのです。それはあなたが自分を裁き、自己否定と自己嫌悪におちいっているところなのです。
しかし。その嫌悪感を超えて向こう側を見るとシャドウの存在には、人の考え方や生き方に意味があります。そうした人たちがあなたの人生に現れるのは、あなたの進歩を抑えつけている目に見えない障害や自己否定気づかせてくれるためのものなのです。
ユング心理学では、このような自分の影とつながりを持ち、こころの全体性を回復していくことに重きを置いています。人を嫌ってはいけないとか、人を悪く思うのは悪いことだと強く思っている方にもたまに会いますが、ユングの影の考え方からすれば、そういう気持ちが生じるのも当然のような気がします。
影を嫌うだけで終わるのでなく、自分の中の苦しい部分、本当は生かしたい部分を教えてくれる大切な存在であると考えてみるのはいかがでしょう。
影を持っていない人はいません。
無理に影を抑圧し過ぎてしまうと、人間は壊れてしまったり、歪になってしまうと言われています。神話や宮沢賢治の詩や芥川龍之介の作品でも“影(シャドウ)”の存在が取り上げられています。影の存在を認め、うまく付き合っていかないと、周囲への関係の中に投影されていることがあります。
“影(シャドウ)”を理解し、つながっていこうとすることで、本当に生き生きとしていくことができるのかもしれません。
令和7年9月:いしづかクリニック
院長 石塚 俊二